肉の手帖

専門機関は安全性を認める牛の肥育ホルモン剤。日本の規制状況やヒトへの影響について。

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日本の牛肉の国別輸入割合の推移

TPP・EPAの発効以降、各国からの牛肉輸入が増加し、肥育ホルモン剤を使用した牛肉の輸入も増えているのではないかという心配の声がちらほら聞かれます。

農林水産省の品目別貿易実績によれば、2018年の牛肉の輸入実績は1位がオーストラリアで輸入量全体の51.3パーセント、2位はアメリカで40.7パーセント、3位以降はカナダ(3.5パーセント)、ニュージーランド(2.3パーセント)、メキシコ(2.0パーセント)とつづいていきます(いずれも数量ベース)(※1)。近年は特にアメリカからの牛肉の輸入が増加傾向です。

日本の牛肉輸入量の国別割合(2018年)日本の牛肉の国別輸入割合の推移

これらの国々では、肉牛を育てるときに肥育ホルモン剤の使用が認められています。

肥育ホルモン剤とは、簡単にいえば、成長を促進する効果のある動物用医薬品です。
EU(欧州連合)は1988年、EC時代に肥育ホルモン剤の使用を禁止。翌年にはこれらを使用した牛肉の輸入も禁止しました。
一方、日本は肥育ホルモン剤を使用した牛肉の輸入は禁止していません。

このEUの措置はその後、アメリカがEUをWTOに提訴するなど経済紛争に発展しました(EUが敗訴しました)。それでもEUは輸入禁止を解かず、2003年には17β-エストラジオールという肥育ホルモン剤の使用を永続的に禁止するという、さらに厳しいルールを設けます(※2)

なぜEUは肥育ホルモン剤の使用に強く反対するのでしょうか。
もし肥育ホルモン剤が危険なものならば、なぜ日本は輸入牛肉の99パーセントを肥育ホルモン剤の使用を認めている国から購入しているのでしょうか。
今回は肥育ホルモン剤について詳しくみていきたいと思います。

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肥育ホルモン剤には天然型と合成型の2種類がある。

まずそもそも肥育ホルモン剤とはなにか、簡単に押さえておきましょう。
肥育ホルモン剤とは、先にお伝えしたとおり「牛の成長を促す動物用医薬品」で、天然型ホルモン剤と合成型ホルモン剤の2種類に大きくわかれます。

大分類 小分類
医療用ホルモン剤
肥育ホルモン剤 天然型ホルモン剤
合成型ホルモン剤

天然型ホルモン剤とは、生物が本来もっているホルモンを使用して作った製剤で、牛に使用されているものとしては、17β-エストラジオール、プロゲステロン、テストステロンがあります。
合成型ホルモン剤とは、人間の手によって化学的に合成された=本来生体内には存在しないホルモンを使った製剤です。こちらで牛に使用されているものとしては、酢酸トレンボロン、酢酸メレンゲステロール、ゼラノールがあります。

この肥育ホルモン剤には、大きく次の2つの効果があるといわれます。

  1. 成長が促進される
  2. 赤身肉が増える

特に(1)の効果を求めて肥育ホルモン剤は使われることが多いです。成長が促されるため、飼料(エサ)が少量で済み、出荷までの日数を早められる、つまり大きな経済的メリットが得られるからです。

日本での使用は現状、認められていない。

記事執筆段階では、日本国内で(肥育を早める目的で)使用を認められた肥育ホルモン剤はありません。

日本では現状、肥育ホルモン剤の使用は認められていません。厳密には、どこかの会社が「この肥育ホルモン剤を販売してもいいですか?」と申請し、農林水産大臣が承認を出せば、認められる可能性はあります。ただ、日本の動物用医薬品の新規承認基準はとても厳しいため、可能性は低いと思われます。
なお、現在日本で使用されている肥育ホルモン剤は、医療用目的の天然型ホルモン剤のみです。その用途は家畜の繁殖障害の治療など、獣医療に限られています。

科学的には、肥育ホルモン剤は基準値を守って使用すれば人体への影響はないとされます。
たとえば、国連食糧農業機関(FAO)と世界保健機関(WHO)が合同で作成している食品の国際標準規格であるCODEX(国際食品規格。コーデックス)では、農薬や肥育ホルモン剤などのMRL(Maximum Residue Limit:残留基準値。農薬などが食品中に残留しても、人の健康には影響しない限界濃度)を定めていますが、それを守る限り安全性に問題はないとしています(具体的な基準値については後述します)

また日本では毎年、CODEXとは別に定めた独自のMRLをベースに輸入牛肉の残留農薬調査を実施し、その結果を公表しています。それによれば、最新5年分(2011〜2015)の調査では、輸入牛肉などから合成型ホルモン剤が検出されたことはありません(※5)

牛の部位
筋肉 脂肪 肝臓 腎臓 食用部分
合成 ゼラノール 291/0 0/0 0/0 0/0 25/0
379/0 0/0 0/0 0/0 36/0
352/0 0/0 0/0 0/0 35/0
345/0 0/0 0/0 0/0 28/0
48/0 0/0 0/0 0/0 8/0
合成 トレンボロン 569/0 0/0 0/0 0/0 53/0
753/0 0/0 0/0 0/0 73/0
678/0 0/0 0/0 0/0 70/0
668/0 0/0 0/0 0/0 56/0
67/0 0/0 0/0 0/0 16/0
合成 酢酸メレンゲステロール 13/0 0/0 0/0 0/0 0/0
17/0 0/0 0/0 0/0 0/0
33/0 0/0 0/0 0/0 0/0
33/0 0/0 0/0 0/0 0/0
27/0 0/0 0/0 0/0 0/0
天然 エストラジオール 0/0 0/0 0/0 0/0 0/0
0/0 0/0 0/0 0/0 0/0
0/0 0/0 0/0 0/0 0/0
0/0 0/0 0/0 0/0 0/0
6/6 0/0 0/0 0/0 0/0
天然 テストステロン 0/0 0/0 0/0 0/0 0/0
0/0 0/0 0/0 0/0 0/0
0/0 0/0 0/0 0/0 0/0
0/0 0/0 0/0 0/0 0/0
3/0 0/0 0/0 0/0 0/0
天然 プロゲステロン 0/0 0/0 0/0 0/0 0/0
0/0 0/0 0/0 0/0 0/0
0/0 0/0 0/0 0/0 0/0
0/0 0/0 0/0 0/0 0/0
2/0 0/0 0/0 0/0 0/0

※厚生労働省「食品中の残留農薬等検査結果」(2011〜2015年)より。件数は全年度(輸入)の合算
※食用部分とは、食用に供される部分で、筋肉、脂肪、肝臓、腎臓を取り除いた部分
※トレンボロンは、トレンボロン、酢酸トレンボロン、α-トレンボロン、β-トレンボロンの合算
※エストラジオールは、17-α-エストラジオール、17-β-エストラジオールの合算

なおこれは余談ですが、衆議院議員の河野太郎氏のブログによれば、「肥育ホルモンを与えると赤身の肉の割合が増えるため、サシを求める日本の生産者には肥育ホルモンを投与するニーズもそもそもないようです」(※6)

肥育ホルモン剤の各国の残留基準値(MRL)について。

それではここで、牛肉の主な輸入先であるオーストラリアやアメリカ、カナダの肥育ホルモン剤のMRLをみてみましょう(※7)

牛の各部位における、肥育ホルモン剤の各国および日本とCODEXのMRL

CODEX
筋肉 17-β-エストラジオール 不要
(★1)
0.12 不要
(★2)
不要
(★3)
不要
(★4)
プロゲステロン 3
テストステロン 0.64
酢酸トレンボロン 2 不要 2 2 2
酢酸メレンゲステロール 1
ゼラノール 5 不要 2 2 2
脂肪 17-β-エストラジオール 不要
(★1)
0.48 不要
(★2)
不要
(★3)
不要
(★4)
プロゲステロン 12
テストステロン 2.6
酢酸トレンボロン 不要 2
酢酸メレンゲステロール 25 20
ゼラノール 不要 2
肝臓 17-β-エストラジオール 不要
(★1)
0.24 不要
(★2)
不要
(★3)
不要
(★4)
プロゲステロン 6
テストステロン 1.3
酢酸トレンボロン 10
(★5)
不要 10 10 10
酢酸メレンゲステロール
ゼラノール 20
(★5)
不要 10 10
腎臓 17-β-エストラジオール 不要
(★1)
0.36 不要
(★2)
不要
(★3)
不要
(★4)
プロゲステロン 9
テストステロン 1.9
酢酸トレンボロン 10
(★5)
不要 10
酢酸メレンゲステロール 2
ゼラノール 20
(★5)
不要 20
食用部分 17-β-エストラジオール 不要
(★1)
不要
(★2)
不要
(★3)
不要
(★4)
プロゲステロン
テストステロン
酢酸トレンボロン 不要 10
酢酸メレンゲステロール 10
ゼラノール 不要 20

※単位:ppb
※空欄は参照先に記載がなかったため、空欄のまま
※★1:牛の成長促進を目的とする場合においてのみ基準値は不要とされている(原文は、When implanted in the ear for growth promotion purposes in cattle)
※★2:原文は、No MRL required
※★3:食品において自然に含まれる量を超えてはならない
※★4:原文は、unnecessary
※★5:正確には、食用の内臓(Edible offal of)に定められている基準

*天然型ホルモン剤のMRL
アメリカ以外の国とCODEXは、MRLの設定は不要としています。一方、アメリカは上記のとおりMRLを定めています。

*合成型ホルモン剤のMRL
日本とカナダはCODEXの国際基準に概ね則っている一方、アメリカとオーストラリアは基準をやや上回っています。たとえば、アメリカは酢酸トレンボロンとゼラノールについて基準値の設定は不要とし、オーストラリアはゼラノールについてCODEX基準のおよそ倍にあたるMRLを設定しています。

ただし、ホルモンの生体への影響はまだ完全に解明されたわけではありません。そのため現在も世界各国で研究が進められ、その結果をふまえてCODEXや各国も肥育ホルモン剤のMRLを修正しています。

たとえば、天然型ホルモン剤である17-βエストラジオールは長らく「適正に使用される限りは問題ない」として、MRLやADI(毎日食べ続けても健康に影響しない1日あたりの許容摂取量)の設定は不要とされていました。

ですが、その後に「17-βエストラジオールの遺伝毒性が発がんリスクを高める可能性がある」などさまざまな研究が発表されたのを踏まえて、FAOとWHOは共催している食品添加物の専門家会議JECFAの第52回会合でそのリスクを再評価。結果、畜産物に含まれる17-βエストラジオールの量は、ヒトの健康に被害を及ぼす量には遠く及ばないとして安全性には問題ないと判断しました。ただし、その量を超えたら問題のため、ADIを新たに設定しています(※8)

一方、EUはこうしたリスクが潜む可能性を重く見て、肥育ホルモン剤の使用および使用された牛肉・牛肉製品の輸入を禁止しています。ちなみに17-βエストラジオールの発がんリスクの懸念は最初、EU(当時はEC)から提示されました。
ですが、このEUの輸入禁止措置は科学的根拠に基づいていないものだとして諸外国から非難されます。その後、アメリカとのあいだで訴訟にまで発展する貿易摩擦となったのは先に書いたとおりです。

ちなみにCODEXが設定した肥育ホルモン剤のADIは、次のとおりです(※9)

肥育ホルモン剤 ADI 設定年
17-βエストラジオール 0〜0.05μg/kg body weight 1999
プロゲステロン 0〜30μg/kg body weight 1999
テストステロン 0〜2μg/kg body weight 1999
酢酸トレンボロン 0〜0.02 μg/kg body weight 1989
酢酸メレンゲステロール なし
ゼラノール 0〜0.5μg/kg body weight 1987

たとえばエストラジオールだと、1日の許容摂取量(ADI)は、体重1キログラムあたり0.05マイクログラム。体重60キロの人だと、0.05*60=3マイクログラムです。

ゼラノールだと、ADIは0.5マイクログラムですから、体重60キロの人の場合、1日の許容摂取量は0.5*60=30マイクログラム=0.03ミリグラムとなります。
日本が牛肉で定めているゼラノールの残留基準値は、筋肉や脂肪の場合は2ppb。この2ppbとは、牛肉1グラムあたり0.002マイクログラム=0.000002ミリグラムという意味です。つまり0.03ミリグラムの摂取量を超えるためには、単純計算1日で15キログラムの牛肉の筋肉や脂肪を食べる必要があります。

上の表から、ゼラノールの残留基準値は1日の許容摂取量を大きく下回っていることがわかります。つまりMRLが守られている以上、ADIを上回ることはないわけです。
だから、たとえ流通している輸入牛肉に肥育ホルモン剤が含まれていたとしても、その含有量がADIを上回ることはない=ヒトの健康には影響がないと、多くの国やCODEXは判断しているのです。

なお、17-βエストラジオールの発がん性については現状、科学的には立証されていません。ただし、発生したがんを促進させる作用(プロモーター作用)は持っているといわれています(がんを発生させる物質をイニシエーター、発生したがんを促進させる物質をプロモーターといい、17-βエストラジオールは後者のプロモーターであると考えられています)

マウスによる肥育ホルモン剤の毒性試験について。

ただ、MRLを下回っているから安全かというと、必ずしもそうとはいえません。上にもあるとおり、肥育ホルモン剤のヒトへの影響は、まだはっきりしたことがわかっていないためです。
では、現状どんなことがわかっているのか、簡単にみてみましょう。

たとえば、ゼラノールをマウスに投与して発がん性の毒性試験を行った結果、次のような有意的な変化が観察されたとする報告があります(※10)

性別 飼料中濃度 観察された変化
オス 15ppm 下垂体の腫大、精嚢腺の拡張、脳下垂体中の腫瘍発生など
メス 脱毛症
両方 副腎の褐色変性

※15ppmの場合、2.25mg/kg相当のゼラノールを1日に食べさせていたとある
※引用資料より一部のみ抜粋

この表のなかにある「脳下垂体中の腫瘍発生」が、発がん性にかかわる症状です。つまりゼラノールの場合、1日の摂取量が2.25mg/kg相当に達すると、発がん性を示すことがわかります。ちなみに濃度が10分の1の1.5ppmでは、発がん性は確認できなかったそうです。

乱暴ですが、これを仮にヒトに置き換えた場合、先に示したゼラノールの残留基準値(牛肉1グラムあたり0.000002ミリグラム)を踏まえますと、1日に1トンを超える牛肉を摂取してはじめて発がん性が出る可能性がある、となります。
詳しく知りたい方は、食品安全委員会がゼラノールと酢酸トレンボロンの毒性試験に関する資料を翻訳・公開しているので、ぜひそちらをご覧ください。

*ポジティブリスト制度施行に伴う暫定基準の設定された農薬、動物用医薬品及び飼料添加物に係る食品健康影響評価に関する調査|食品安全委員会
http://www.fsc.go.jp/fsciis/survey/show/cho20120030001

2018年、日本国内ではおよそ93万トンもの牛肉が消費されました。また同年の牛肉の国内生産量はおよそ33万トン。それに対して輸入量は62万トン。あえてざっくり言えば、国民の皆さんが食べた牛肉のおよそ66パーセントは輸入牛肉です(※11)

そして先にも書きましたように、輸入牛肉の99パーセントは肥育ホルモン剤の使用が許可された国々で生産されたものです(もちろん、そのすべての牛肉が肥育ホルモン剤を使用した肉牛のお肉とは限りません)

そのため、皆さんも気づかないうちに肥育ホルモン剤が使用された牛肉を口にしている可能性がないとはいえません。だからこそ、肥育ホルモン剤について正しく理解することが大切です。

実はアメリカでも、肥育ホルモン剤を使用していない牛肉は高値がついているといわれます。苦しい状況に置かれている畜産業界ですが、肥育ホルモン剤を使用していない日本の国産牛肉は、「安全安心な牛肉」として世界にアピールしていける可能性があるのかもしれません(そうした動きを構想している食品メーカーさんもあるようです)

繰り返しになりますが、アメリカやオーストラリアをはじめとする多くの国々は、適正に使用される限り人間の健康には影響しないと、肥育ホルモン剤の安全性を認めています。ですが一方で、EUのようにリスクを危険視して、肥育ホルモン剤の使用および使用された製品の輸入を禁止している地域もあります。
酢酸メレンゲステロールなどCODEXがその安全性を審議中の肥育ホルモン剤もあります。今後、研究が進むにつれて、より確かなことが明らかになることでしょう。

参照

・※1:品目別貿易実績 – 品目別 – 牛肉 – 輸入|農林水産省
・※2:肥育ホルモン剤|食品安全委員会
・※3:牛や豚に使用される肥育促進剤(肥育ホルモン剤、ラクトパミン)について(Q&A)|厚生労働省
・※4:牛の成長促進を目的として使用されているホルモン剤(肥育ホルモン剤) |食品安全委員会
・※5:食品中の残留農薬等|厚生労働省
・※6:肥育ホルモンとラクトパミン|衆議院議員 河野太郎公式サイト
・※7:Agricultural and Veterinary Chemicals Code Instrument No. 4 (MRL Standard) 2012|Federal Register of Legislation
・※7:医薬品の使用に関する指導および監視|米国食肉輸出連合会
・※7:List of Maximum Residue Limits (MRLs) for Veterinary Drugs in Foods|Government of Canada
・※7:残留農薬基準値検索システム|公益財団法人日本食品化学研究振興財団
・※8)第52回FAO/WHO合同食品添加物専門家会議(残留動物薬) 審議概要|国立医薬品食品衛生研究所
・※8:厚生労働研究「畜産食品中残留ホルモンのヒト健康に及ぼす影響に関する研究」|厚生労働省
・※9:MAXIMUM RESIDUE LIMITS (MRLs) AND RISK MANAGEMENT RECOMMENDATIONS (RMRs)  FOR RESIDUES OF VETERINARY DRUGS IN FOODS|Codex Alimentarius Commission
・※10:ポジティブリスト制度施行に伴う暫定基準の設定された農薬、動物用医薬品及び飼料添加物に係る食品健康影響評価に関する調査報告書 ゼラノール|食品安全委員会
・※11:畜産の動向|農林水産省

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