肉の手帖

銘柄牛(ブランド牛)の紹介 〜松阪牛®の特徴や定義、歴史について〜

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松阪牛個体識別管理システムの全体像

和牛のなかでも特に有名な銘柄牛のひとつ、松阪牛®。名実ともに高級牛肉の代名詞ともいえるブランドで、2016年5月26・27日に三重県志摩市で開催された第42回先進国首脳会議(伊勢志摩サミット)では、伊勢えびやあわびなどと共に、三重県を代表する食材として各国の首脳に振る舞われました(※1)

2002年の競りでは、多気町(三重県多気郡)の宮東功さんという方が飼育された「よしとよ」号が、5,000万円もの高額で落札。これは未だに破られていない最高落札額だそうです(※2)。それほどのお金をかけてでも購入したいと思わせる魅力が松阪牛®にはあるのでしょう。

そして、その魅力を支えるために、農家や行政の皆さんは多くの努力を重ねています。

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肉質にこだわって未経産のメスの牛のみを肥育(松阪牛®の定義)

松阪牛®の認定を行っている団体「松阪牛協議会」によりますと、松阪牛®として認定されるのは次の3点を満たした牛です(※3)

  1. 黒毛和種、未経産の雌牛
  2. 松阪牛個体識別管理システムに登録されていること
  3. 松阪牛生産区域(旧22市町村)での肥育期間が最長・最終であること(生後12ヶ月齢までに松阪牛生産区域に導入され、導入後の移動は生産区域内に限る)

※導入:初生(しょせい。生まれたばかりの子牛のこと。ヌレ子とも)を購入して自分の牧場へ連れてくること。

ひとつずつ詳しく見ていきましょう。

黒毛和種、未経産の雌牛

未経産の雌牛とは、子どもを産んでいないメスの牛です。

一般的にメスの牛はオスの牛よりも脂肪の質が良いといわれます。脂肪の融点が低いため口溶けが良く、また旨味成分の凝縮されたオレイン酸などの不飽和脂肪酸が多く含まれているため、とても味わい深いのです。

また経産牛(子どもを産んだ牛)と未経産牛を比較すると、未経産牛のほうが脂肪含有量が多いことがわかっています(※4)

では、なぜこのような違いが生まれるのでしょうか。大きくは食べるエサが関係しています。

シビアな話ですが、経産牛は子牛を産むことを前提として育てられます。そして、その子牛を買ってもらうことで農家の収益が立ちます。

ただ、繁殖農家(主に食肉用となる牛を産む母牛を飼育する農家)の場合、メスの牛は約1年で1頭しか子牛を産みません。よって収益を成り立たせるためには、牛たちに少しでも健康に長生きしてもらい、1頭でも多くの子牛を産んでもらわなければならないのです。

畜産動物ごとの出生数

そこで経産牛は粗飼料(ワラや牧草など)を中心に食べて育ちます。これは人間でいえば野菜中心の食事をしているイメージです。そのため脂肪が少なくなります。

松阪牛®はもともと食肉用として育てられる肉牛ですので、肉質を重視する必要があります。そのため脂肪の少ない経産牛ではなく、未経産牛のみに限定しているのだと考えられます。

なお松阪牛®は、牛の中でも不飽和脂肪酸が特に豊富に含まれているそうです(※5)

ちなみに認定の定義として「未経産雌牛のみ」という条件を設けている銘柄牛は少なく、松阪牛®のほかには「雪降り和牛 尾花沢」「米沢牛®」「島生まれ島育ち 隠岐牛」など、数えるほどしかありません。

松阪牛個体識別管理システムに登録されていること

松阪牛協議会は、2001年に起こった狂牛病(BSE)問題などを受けて、消費者が安心して松阪牛®を楽しめるように「松阪牛個体識別管理システム」を立ち上げました。これはすべての松阪牛®について「どこの誰が育てたのか」「どんなエサを食べて育ったのか」「誰が購入したのか」など、生まれてから出荷されるまでの情報を消費者が確認できるシステムです。

松阪牛協議会は消費者の安全・安心のため、このシステムに登録された牛でなければ松阪牛®と認定していません。この点については後ほど詳しくお伝えします。

松阪牛®生産区域(旧22市町村)での肥育期間が最長・最終であること

旧22市町村とは、以下の市町村です(※6)

松阪市、津市、伊勢市、久居市、多気町、明和町、飯南町、飯高町、一志町、嬉野町、白山町、香良洲町、三雲町、大台町、大宮町、度会町、小俣町、玉城町、宮川村、勢和村、美杉村、御園村

松阪牛協議会のホームページによれば、これらは現在の市町だと、松阪市・明和町・多気町・玉城町・度会町・大台町の全域と、津市・伊勢市・大紀町の一部地域が該当します。「市町村合併により、松阪牛®生産地域に含まれない町村と合併した所もある」ので、混乱を避けるために昔の市町村名のまま定義しているそうです。

松阪牛®の生産地域

同協議会によれば、これらの生産地域には雲出川(くもずがわ)や櫛田川(くしだがわ)、宮川(みやがわ)などの清流が多く、その水で育った牛のお肉はおいしくなるそうです(※7)。だからこそ生産地域をこのエリアに限っているのでしょう。

ワンランク上の松阪牛® 〜特産松阪牛について〜

さらに松阪牛協議会では、特に優れた品質の松阪牛®を「特産松阪牛」に認定しています(※8)

同協議会によれば、特産松阪牛の定義は次のとおりです。

  1. 黒毛和種、未経産の雌牛
  2. 松阪牛®個体識別管理システムに登録されていること
  3. 松阪牛®生産区域(旧22市町村)での肥育期間が最長・最終であること
  4. 兵庫県の但馬地方から生後およそ8ヵ月の子牛を導入すること
  5. 900日(月齢でいえば約38ヵ月)以上の長期にわたって育てられたこと

1〜3は松阪牛®の定義と同じです。そこへさらに4と5が加わります。

ちなみに定義上の肥育期間は900日以上ですが、なかには1,500〜1,700日(月齢でいえば約50〜55ヵ月)ほどの長期にわたってじっくり育てる畜産農家の方もいらっしゃいます。

長い肥育期間が設けられているのは、牛の月齢とお肉に含まれる水分量が関係しています。若い牛は水分が多く、それがお肉の味を邪魔してしまいます。一方、年を重ねた牛は余分な水分が抜けて、よりおいしい牛肉となります(※9)

つまり長い時間をかけてじっくり育てられた特産松阪牛は、それだけおいしさを増している可能性が高いというわけです。

ですが、長期間にわたって牛を育てるということは、それだけコストもかかります。またケガや病気のリスク、さらに牛枝肉の市場相場の変動による経営的な影響も大きくなります。

言い換えれば、そうしたリスクやコストを踏まえた上で、それでも強いこだわりを持って育てられている牛が特産松阪牛である、と言えるかもしれません。

なお松阪牛協議会によれば、松阪牛®全体に占める特産松阪牛の割合は、2015年度の実績だとわずか4パーセント(7,000頭中300頭)だったそうです(※10)。極めて希少な牛であることがわかりますね。

なぜ特産松阪牛の素牛は但馬牛®限定なのか(松阪牛®と但馬牛®の関係)

ところで、特産松阪牛の定義のひとつに次のようなものがあります。

「兵庫県の但馬地方から生後およそ8ヵ月の子牛を導入すること」

この「兵庫県の但馬地方」の子牛とは、但馬牛®のことです。つまり「但馬牛®の子牛を、決められた地域と期間で育て上げた牛だけが、特産松阪牛に認定される」わけです。

では、なぜ但馬牛®に限定されているのでしょうか。

ここでは、但馬牛®と松阪牛®の関わりの歴史と、但馬牛®の肉質の特長という2点から、その理由について見ていきます。

但馬牛®と松阪牛®の歴史

実は松阪牛®の源流は、但馬牛®にあります。

松阪牛協議会によれば、松阪地方は昔から農耕が盛んで、そのための役牛(えきぎゅう。ここでは農耕器具を引くなどして耕作を人のかわりにやってくれる牛のこと)として但馬地方の牛を使役していました。

下の画像は、但馬地方と三重県の位置関係を示したものです。

但馬地方と松阪地方の位置関係

但馬地方は兵庫県の北部に位置します。ここから三重県までわざわざ牛を連れていくのは、とんでもない時間と労力が必要だったことでしょう。

わざわざ遠い但馬地方から牛を連れてきた理由は、体が強く仕事の覚えが良いという但馬牛®(の特に雌)の特長にありました。松阪地方をはじめとする伊勢地方の土地は粘土質で保水性が高く、深くまで耕さなければならなかったため、力のある但馬牛®が最適だったのです。

但馬牛®は、まず子牛のときに紀州地方(和歌山県のあたり)にやってきて、そこで役牛となるための訓練を1〜2年ほど受けました。江戸時代、同地方は牛に対して税金がかからず、また土地が砂質で力のない牛でも安心して役牛としての訓練を積むことができたため、畜産農家にとって都合が良かったようです。

役牛として非常によく働いた但馬牛®は、農家の人々にも愛され、家族同然の暮らしをしていたといわれています(※11)

その後、西洋文化がやってきて牛肉を食べる文化が日本に根づくと、役牛としての役目を終えた但馬牛®たちが食肉として提供されるようになります。これが松阪牛®のはじまりです。

なお、当時は今と違い、伊賀牛や御糸牛(みいとぎゅう)と呼ばれていましたが、但馬牛®の未経産雌牛に限定して飼育するというこだわりは、この時からすでに存在していたようです(※12)

但馬牛®の肉質の特長

このように松阪牛®は、但馬牛®の血を引いています。そのため肉質にも但馬牛®の特長がよく現れています。

但馬牛®には、大まかに次のような特長があります(※13)

  1. 骨が細く体の締まりが良い
  2. 皮下脂肪が少ないなど脂肪の質が良い
  3. 遺伝力が強い

牛の良し悪しを見極める指標の一つに、前足の中手骨(ちゅうしゅこつ。人間でいう脛のあたり)の状態があります。管骨(かんこつ)とも呼ばれ、この部分が細く引き締まっていることを「骨味が良い」といいます。

(正確には、中手骨が細いことを「骨味が良い」、その周りの筋肉が引き締まっていて余分な脂肪が少ないことを「骨締まりが良い」といいます)

また締まりにはもう一つ「鉢締まり」(はちじまり)があります。鉢とは牛の角の付け根のあたりで、ここに余分な脂肪が少ない状態を「鉢締まりが良い」といいます。

この骨味・骨締まり・鉢締まりに優れる牛は、歩留(ぶどまり)が良く、取れるお肉の脂肪はきめが細かいなど、すばらしい肉牛になるといわれています。そして但馬牛®は、この3点がいずれも非常に優れた牛として知られています。皮下や内臓などに余分な脂肪がつかないためお肉がたくさん取れ、しかも筋肉のなかにしっかり脂肪(いわゆるサシ、霜降り)が入るのです。

またこの脂肪の入り方にも特長があります。但馬牛®は「小ザシ」と呼ばれるサシが入りやすいといわれているのです。

小ザシとは、雪のように細かい脂肪の粒が肉のなかに均等に散ったサシの入り方で、熱を加えると溶けるような食感と肉の旨味、そして和牛独特の芳醇な香り(和牛香)が楽しめます(ちなみに脂肪が大きな塊として入っているものを「荒ザシ」といいます)

ほかにも系統によって、毛の色や質が良い、増体性に優れている(=よく発育する。取れるお肉の量が多いかどうかの指標になります)などの特長があります。このあたりはまた別の機会にお伝えしたいと思います。

松阪牛®にも和牛香や良質な脂肪、溶けるような食感といった同様の特長が見られます(※14)。これは但馬牛®の特長が受け継がれたものだと考えられます。

(ちなみに・・・)
この魅力的な肉質を維持するため、三重県の畜産農家の方々は、松阪牛®を肥育する素牛(もとうし。肉牛として育てる前の子牛。畜産農家はこの素牛を市場から購入してきて肉牛として育てます)として長年、但馬牛®を導入してきました。

ですが、最近は少し事情が変わり、宮崎県や鹿児島県からの子牛の導入も増えています。但馬牛®は優れた資質を持つ一方、小柄で大きくなりにくいため、よりすくすく成長する宮崎や鹿児島の黒毛和種に注目が集まっているためです。
(但馬牛®は、歩留は良い一方、お肉の取れる量=産肉量はそれほど多くないといわれます)

宮崎県や鹿児島県の牛たちも、もとをたどれば但馬牛®の血が流れています(※15)。さらに品種改良を通じて大きくなりにくい欠点も改良されているため、畜産農家にとって経済性の面でメリットが大きいのです。

淡路畜産農業協同組合連合会の資料によりますと、同市場から出荷された但馬牛®の頭数はここ数年で微減の傾向にあり、2017年度は2,000頭を下回ってしまいました。また県外の販路も、松阪牛®の三重県(全体の約20パーセント)、近江牛®の滋賀県と米沢牛®の山形県(それぞれ全体の約5パーセント)が目立つだけで、60パーセント以上が兵庫県内です(※16)。このように但馬牛®の兵庫県外での需要は、残念ながら減りつつあります。

淡路市場における但馬牛®の県外への販売状況

ですが一方で、いまなお但馬牛®を素牛とすることに強いこだわりを持っている畜産農家や、その結果できあがった松阪牛®のお肉のみを提供しつづけている料理店などがあります。

たとえば、松阪牛®を取り扱う老舗料理店として有名な和田金®さんは、仕入れる子牛を但馬牛®のみに限定しています。さらに店主の方が自ら但馬地方まで出向いて子牛を見極め、自社の牧場で育てていらっしゃいます(※17)。もっとも、自社で牧場経営に乗り出すのは相当な冒険だったらしく、社外からの厳しい意見だけでなく、社内からも慎重論が出ていたそうです(※18)

ちなみに和田金®さんは、松阪牛®を提供する料理店として唯一、三重県から「三重ブランド®」の認定を受けています(※19)。これもまた徹底したこだわりが認められた証かもしれませんね。

※三重ブランド®:三重県の知名度向上や地域活性化を目的として、特に優れた県産品とその生産者を県のブランドとして認定するものです。

松阪牛®の安全・安心を守る独自の取り組み 〜松阪牛個体識別管理システム〜

松阪牛®の定義についてまとめたとき、松阪牛個体識別管理システムについてご紹介しました。

このシステムが立ち上がったのは、2004年8月19日。「消費者の目で松阪牛®の個体や肥育農家などを確認していただき、安心して松阪肉を食べていただくことを目的」として、株式会社三重県松阪食肉公社の運営の下、スタートしました(※20)

事の発端は2001年。BSE問題が起こり、その対策として実施された国の事業を悪用した牛肉偽装問題などの影響で、当時は消費者の牛肉に対する不信感・不安感が強まっていました。

そこで生産者や流通過程などの情報をガラス張りにすることで、安心を消費者に届けようとしたのが、松阪牛個体識別管理システムです。のちに国が同様のシステム(牛トレーサビリティ)を立ち上げますが、それよりも早く開始された全国初の試みだったそうです(※21)

三重県松阪食肉公社によれば、このシステムでは、導入された子牛の出生地や名前、血統などの個体情報だけでなく、育てた農家の方の氏名や食べてきたエサの内容などが確認できます。その登録される情報は同社の職員さんが直接、それぞれの農家の牛舎まで出向いてチェックしています。

そして登録された牛1頭ずつに10桁の個体識別番号が与えられ、スーパーなどに並ぶときはこの番号が記載された「松阪牛シール」がパックに貼られます。この番号を専用サイトで検索すると、上記の情報を誰でも確認できるのです。

松阪牛®は、このシステムへの登録を認定基準のひとつとしており、それだけ消費者の安全・安心に力を入れているわけですね。

松阪牛個体識別管理システムの全体像

ちなみに松阪牛®の安全・安心管理に対する意識は昔から強く根づいていたようで、かつては農家が松阪駅の駅舎の前で牛と一緒に並んだ写真を撮影して、松阪牛®であることを証明していたそうです。料理店はその写真をお店のなかにかけることで、自分のお店が提供している牛肉を松阪牛®だとお客さんに保証していたわけですね(※22)

今も昔も松阪牛®を扱う関係者の方々は、消費者に安全・安心なお肉を届けようという強い思いを持っていらっしゃる様子がよく見てとれます。

「松阪牛®」の正しい読み方は「まつさかうし」「まつさかぎゅう」

ここまで松阪牛®の魅力についてお伝えしてきましたが、最後に「松阪牛®」の読み方についてふれておきましょう。

松阪市によれば、もともと「松阪」の読みは「まつさか」「まつざか」の2通りが存在していましたが、市町村合併に伴って2005年から「まつさか」に統一されています(※23)。それに伴って「松阪牛®」の読み方も「まつさかうし」「まつさかぎゅう」が正式名称となっています(※24)

パソコンで「まつざかぎゅう」「まつざかうし」と打つと一発変換で「松阪牛」と出ると思いますがが、正式名称ではないので気をつけてくださいね。

参照・引用

商標

  • 「松阪牛®」は、松阪肉事業協同組合の登録商標です。
  • 「米沢牛®」は、山形おきたま農業協同組合の登録商標です。
  • 「但馬牛®」は、たじま農業協同組合と兵庫県食肉事業協同組合連合会の登録商標です。
  • 「近江牛®」は、滋賀県食肉事業協同組合の登録商標です。
  • 「和田金®」は、有限会社和田金の登録商標です。
  • 「三重ブランド®」は、三重県の登録商標です。
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